2010年9月 7日(火) 05:04 JST

神幸橋(しんこうばし)

    男山山麓のニの鳥居をくぐり、約100メートルほど行くと、山側の岩壁が深く削れて細い谷となり、谷水が流れているところに出る。この谷筋を「祓谷(はらいだに)」といい、ここに架かる石橋が「神幸橋(しんこうばし)」だ。
    長さは約2.8メートル、幅は約3メートル。江戸時代、石清水放生会が催される前後の数日間のみ、木橋を架けて神が渡られるようにした橋で、当時、参詣者はニの鳥居をくぐらずに、山裾にあった長福寺の門前を通り、「相槌稲荷社」横にある登り口から上っていた。『男山考古録』によると、「普段は神幸橋が架かっていないのに、参詣者が二の鳥居をくぐって山上に参ろうとして祓谷に落ち、怪我をする人が時々あったので、明和年間(1764〜1772)に紺座町に住む石清水社士、小寺壽庵らが相談して石橋を架けようと申し出た。しかし、平谷町の旅籠や茶店を構えていた商人たちから、橋ができると二の鳥居をくぐって参詣するから商売に難渋すると反対があった」という。