石田神社

いしだじんじゃ
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1200点以上の古文書が伝わる鎮守の森に囲まれた神社

石田神社は、『山城綴喜郡誌』によれば、大宝2年(702)当地に鎮座、文治4年(1188)源頼朝により神事料として土地の寄進をうけました。以前は牛頭(ごす)天王社と称され、明治になり石田神社と改称。現在の祭神は建速須佐之雄命で、境内は堀状の水路が周囲をかこみ、木々が茂る鎮守の森の様子をとどめています。
また、当神社に伝わる1200点以上の古文書類は、神社及び上津屋地区の歴史を語る貴重な資料が保存されています。
本殿は、嘉永4年(1851)造営(『伊佐家文書』)の比較的大きな一間社の流造で、木津川の水害を意識したためか、一段高い石垣の上に建っており、拝殿も同時期のもので、享保20年(1735)再建時に葺いた刻銘入り鬼瓦を屋根にのせています。
現在、御輿倉として利用されている建物は、もと宮寺の福泉寺で本地仏である薬師如来を本尊とする薬師堂(『石田神社文章』)。本尊は、明治の神仏分離で、同里垣内浄土宗西雲寺に移されています。当神社に残る古文書の中に文政5年(1822)この薬師堂の普請願書があり、建築様式からみても、江戸時代後期この頃の築造と考えられ、瓦も大きく、しっかりした造りになっています。築造当初は、蔀戸(しとみど)で北側に出入口があり、御輿倉転用時に前扉を付け替えたと考えられています。
本市内で廃仏毀釈にもかかわらず、神仏混淆の宮寺の跡をとどめるのは同社だけで、これら建物群をはじめ古文書に至るまで大切に保存されたのは、上津屋村の氏子中の強い結束と努力のたまものであるといえます。

スポット情報 Spot Information

住所 〒614-8173 八幡市上津屋里垣内77
TEL 075-981-9816
アクセス 京阪本線「八幡市」駅下車、京阪バス「上津屋流れ橋」バス停下車、徒歩約5分